酸化ストレスモデル変異株を用いたROS誘導性細胞死の分子機構の解明-丸田グループ

 以下、酸化ストレスモデル変異株としてのカタラーゼ欠損株(cat2)を用いたH2O2誘導性細胞死の分子機構解明に関する研究の背景と内容について記載しています。

 最終更新:2021年9月

最近のテーマ(いずれもゲント大学との国際共同研究)

・酸化ストレス誘導性細胞死のレドックス制御(with 三冨さん & 菊樂さん)

・酸化ストレス誘導性細胞死に関する新規遺伝子の同定と機能解析(with 石橋さん)


酸化ストレス応答の複雑性:研究にとっての大きな障害

 過去20年の間に、活性酸素種(ROS)がシグナルとして植物の生理応答に重要な役割を果たすことは一般に広く認知されてきました。これまでにオミックスを中心としたアプローチにより、数多くのシグナル伝達関連タンパク質が同定されてきましたが、依然としてシグナル伝達の分子機構に関する情報は断片的であり、特にROSシグナルの感知機構はほとんど未解明です。ROSシグナル研究の進展を大きく妨げている要因は、その複雑性にあります。ROS生成は環境刺激によって促進されますが、その生成部位は葉緑体(光合成)、ペルオキシソーム(光呼吸)、ミトコンドリア(呼吸)および細胞外(NADPHオキシダーゼなど)とさまざまです。これらの部位で一斉にROS生成が高まるわけですが、ややこしいことに、ROSの生成部位に依存的な複数の経路が存在します。さらに複雑なことに、ROSの種類(H2O2や一重項酸素など)に依存して異なるシグナル伝達経路がはたらくようです。そして、さらに混乱させるなら、ROSの増大はさまざまな「レドックス異常」を引き起こします。例えば、抗酸化剤であるグルタチオン量の増加、あるいはそのレドックス状態の変化が起こります。そして、これらも「シグナル」として作用しうるのです。

 まとめると、環境ストレス条件では、さまざまな細胞内区画で複数の種類のROS生成が促進され、下流でさまざまなレドックス異常を引き起こし、これらの個々のパラメータが独自のシグナルとして機能します。つまり、たくさんのシグナル伝達経路が一斉に駆動し、これらの情報が複雑な相互作用を経て統合された後、最終的なアウトプット(遺伝子発現など)が厳密に調節されることになります。したがって、植物にパッとストレスを付与したとしても、何が何の要因で起こったのか理解することは困難です。この複雑性を乗り越えて、ROSシグナル伝達機構を解明するためには、「特定の細胞内区画」で「特定のROS」の生成を任意に制御できる実験系が必要になります。

 

酸化ストレスモデルとしてのカタラーゼ欠損株

 カタラーゼ(CAT)はペルオキシソームにおける主要H2O2消去酵素です。多くの植物種において3つのCATアイソフォームが存在しており、シロイヌナズナの葉ではCAT2がドミナントに機能しています。C3植物の葉のペルオキシソームは、光呼吸過程におけるグリコール酸酸化の場であり、この反応の副産物として大量のH2O2が生成されます。通常、ここで生成されたH2O2はCATによって速やかに消去されるため、安全に光呼吸を駆動することができるのですが、その欠損株(cat2)ではH2O2が過剰に蓄積し、酸化損傷を引き起こしてしまいます。そのため、光呼吸の盛んな条件ではcat2は明確な細胞死の表現型を示します。

 cat2の良いところは、1)cat2株で引き起こされる酸化損傷のトリガーがH2O2に限定されること、2)その生成部位がペルオキシソームに限定されること、そして3)葉のペルオキシソームでのH2O2生成は光呼吸に依存的であるため、光呼吸が抑制される条件ではH2O2の蓄積が起こらないことです。光呼吸はルビスコによる酸素付加反応から始まるため、大気CO2濃度を増加させると完全に阻害されます。そのため、高CO2条件ではcat2は野生株とまったく同じ表現型を示します。この株を高CO2から大気CO2条件に移し、さらに強光ストレスを付与すると光呼吸が促進され、その結果としてcat2ではH2O2誘導性の明確な細胞死が起こります。このように、cat2を用いることで、ペルオキシソームでのH2O2生成および細胞死を任意に制御することが可能になります。そのため、cat2は酸化ストレスモデル変異株としてとても重要であり、多くの研究で用いられてきました。

 これまでに、フランスのGraham Noctorらのグループがcat2で起こるH2O2誘導性細胞死について盛んに研究し、その分子機構を明らかにしてきました。彼らは、一般的なシロイヌナズナの栽培光よりも少し強い200 µmol photons/m2/sの長日条件でcat2を育て、野生株との比較解析を行っています。この条件では、cat2の葉では病変様のスポット状細胞死が起こります。これまでに提唱されているモデルは、cat2で生じるH2O2の蓄積はグルタチオンの酸化を亢進し、これが引き金となって植物ホルモンであるサリチル酸(SA)合成が活性化され、SA誘導性細胞死が生じるというものです。このモデルは生理生化学や分子遺伝学の観点からも十分に実証されています。

 

ROS誘導性細胞死のレドックス制御

 丸田グループのキーワードの一つは強光ストレスということもあって、私たちは弱光で育てたcat2に強光(1,500 µmol photons/m2/s)を照射したときに起こるH2O2誘導性細胞死について着目して研究を進めています。そうすると、上記のモデルとは異なる新しい仕組みで細胞死が起こることが明らかになりつつあります。同じH2O2誘導性細胞死という現象であっても、おそらくH2O2の蓄積量に依存した複数の細胞死誘導機構が存在するようです。特に、cat2におけるグルタチオン酸化の分子機構や、その下流で生じる新規細胞死経路の解明が進んできています。修了生の三冨くんと着手してから、現在は菊樂さんとともに深く研究を進めており、そろそろ面白いことを発表できそうな予感がしています。

 

カタラーゼ欠損株の細胞死を抑制するセカンドサイト変異の同定と原因遺伝子の機能解析

 cat2変異株を用いたもう一つのアプローチは、順遺伝学への応用です。ゲント大学/VIB(ベルギー)のFrank Van Breusegem教授のグループは、薬剤処理によってcat2変異株にランダムな点突然変異を誘発し、得られた変異株プールから細胞死のサプレッサー変異株を単離してきました。これらのセカンドサイト変異は、cat2におけるH2O2生成または下流の細胞死誘導機構を阻害すると考えられます。そのため、原因遺伝子の同定および機能解析によって、1)H2O2の生成の機構(すなわち光呼吸の調節機構)および2)H2O2誘導性細胞死の分子機構の両方が明らかになると期待されます。丸田は2014年から同教授のグループに参加し、上記のサプレッサー変異株の原因遺伝子の同定と機能解析を実施しました。現在もVan Breusegem教授との国際共同研究として、丸田グループの学生さんとともに原因遺伝子の機能解析を進めているところです。

 先行研究として既に報告されている原因遺伝子はグリコール酸酸化酵素(GOX1)とSHORT ROOT転写因子(SHR)です。GOX1は光呼吸過程におけるH2O2生成を担う酵素であるため、cat2 gox1の二重欠損株ではH2O2生成が抑制され、その結果として細胞死が抑制されます(Kerchev et al., Plant Physiology, 2016)。これは言わば当然の結果なのですが、上記の順遺伝学スクリーニングがアプローチとして妥当であることを十分に示しています。SHRは、その相棒となるSCARECROW(SCR)転写因子とともに、根の発達制御に関わっている重要な転写因子です。これらの欠損株では重篤な根の伸長阻害が起こります。これまでに、主に根での機能が深く解析されてきたのですが、実はSHRは葉でも発現していて、その欠損によりcat2の細胞死が回復します(Waszczak et al., Plant Cell, 2016)。この細胞死抑制の表現型はGOX活性の低下やグルタチオン酸化の阻害と関連しており、どうやらSHRは光呼吸の段階でcat2の細胞死に関わっているようです。興味深いことに、SCRの欠損はcat2の細胞死を回復させないため、細胞死制御においてSHRはSCRとは独立して機能するようです。ただし、SHR欠損による細胞死回復は1%ショ糖を含むin vitroの培地条件でしか起こりません。土耕栽培したcat2の細胞死にはSHRは関わりません。

 まだまだ原因遺伝子がたくさん存在しており、その機能解明によりH2O2誘導性細胞死の詳細が明らかになると期待されます。現在、石橋さんとともに、ゲント大学と共同で研究を進めているところです。