[総説発表]植物進化においてビタミンC超高濃度化をもたらした調節機構の変遷@Journal of Experimental Botany誌

2024年3月

 丸田と、石川グループの田中泰裕くんが中心となって執筆した、植物進化におけるビタミンC高濃度化の分子機構に関する総説がJournal of Experimental Botany誌にて公開されました。石川孝博先生をはじめ、M1の山本虎次郎くん、修了生の石田哲也くんと濱田あかねさんにもご協力いただきました。この総説ではビタミンC高濃度化を可能にしたと思われる二つの重大な代謝機構の変遷について、新しい説を提唱しました。まだ想像の域を超えないところもありますが、ここ数年の丸田グループと石川グループの研究成果を踏まえての説得力のある説になっていると自信を持っています!今後、これらの仮説を実証するのが、私たちにとっての重要な課題になります!

Evolutionary insights into strategy shifts for the safe and effective accumulation of ascorbate in plants.
Takanori Maruta#,*, Yasuhiro Tanaka#, Kojiro Yamamoto, Tetsuya Ishida, Akane Hamada, Takahiro Ishikawa.
J Exp Bot., 2024, in press. DOI: https://doi.org/10.1093/jxb/erae062
#Double first authors, *Corresponding author

 

「総説の概要」

種子植物は自身の葉に高濃度のビタミンC(アスコルビン酸)を蓄積します。葉では光合成により活性酸素種(ROS)の生成が活発に起こるため、抗酸化剤としてアスコルビン酸を蓄積することで酸化損傷から細胞を保護します。もちろん葉のアスコルビン酸量は種や環境によって大きく異なりますが、スタンダードな栽培条件では少なくとも2 µmol/gFW以上であると考えられています。この量で、葉細胞の細胞質や葉緑体におけるアスコルビン酸濃度は数十mMに達します。一方、苔類ゼニゴケの葉状体のアスコルビン酸量は0.5 µmol/gFW程度であり、緑藻クラミドモナスではさらに低くなります。植物は緑藻からコケ植物、シダ植物、種子植物の順で進化してきました。つまり、この一連の過程でアスコルビン酸の高濃度化が起こったと考えられます。この高濃度化はどのような仕組みによって達成されたのでしょうか? そして、何のために? もちろん、大昔のことなので完全に理解することは難しいですが、現存の植物種におけるアスコルビン酸代謝と調節の仕組みを比較することにより推測することはできます。

 アスコルビン酸の高濃度化を議論する上で、もう一つの興味深いポイントは、酸化型アスコルビン酸(デヒドロアスコルビン酸、DHA)の反応性の高さです。DHAはタンパク質のアミノ酸残基を酸化または糖化することができ、潜在的に毒性です。アスコルビン酸の濃度が高ければ高いほど、犠牲的な酸化反応が起こりやすくなり、その結果としてDHAの生成が高まります。アスコルビン酸を高濃度に、そして「安全」に蓄積するためには、DHAの反応性への対処が不可欠になります。

 このような背景から、植物におけるアスコルビン酸の高濃度化の分子機構について、私たちの最新の研究成果をもとにあれやこれやと議論したのがこの総説です。ここでは二つの説を提唱しました。一つは、アスコルビン酸生合成の光調節機構の獲得です。もう一つは、アスコルビン酸再生能力の強化です。これらがアスコルビン酸の安全かつ効果的な蓄積に重要であったと私たちは考えており、その科学的根拠について議論しました。

説1:「酸化ストレス」から「光合成」へ 〜アスコルビン酸生合成を活性化する引き金の変遷〜

 植物においてアスコルビン酸はスミルノフ経路を介して合成されます。本経路では、GDP-L-ガラクトースホスホリラーゼ(GGP)が律速段階を担っており、この酵素はVTC2遺伝子にコードされます。この酵素の活性は「光」によって調節されており、葉への光の照射時間や強度の増加に伴って上昇します(Maruta, BBB, 2022参照)。それに伴って、葉のアスコルビン酸量も増大します。シロイヌナズナなどの高等植物では、光によるGGPの活性化には光合成が必要です。まだ詳細は不明ですが、光合成に由来する何らかのシグナルがGGPの活性化をもたらすことが実験的に示されています(Yabuta et al., J. Exp. Bot., 2007)。光合成を介したGGPの活性化はコケ植物の一種・ヒメツリガネゴケ(セン類)でも見られることから(Sodeyama et al., Plant J., 2021)、陸上植物に保存された仕組みだと考えられます。一方、陸上植物とは異なり、緑藻クラミドモナスではGGPの活性化はROSの増大(つまり酸化ストレス)に起因します(Vidal-Meireles et al., New Phytol., 2017)。したがって、GGPを活性化(=アスコルビン酸生合成を活性化)するための引き金が「酸化ストレス(緑藻)」から「光合成(陸上植物)」へと、植物の進化過程で移り変わったことがわかります(図1)。

 この変遷は何を意味するのでしょうか? 緑藻は酸化ストレスを感じてアスコルビン酸生合成を活性化し、酸化損傷の拡大を防ぎます。これはとても理に適っているように思えますし、実際に有効な防御機構として機能しているはずです。ただし、これは「対症療法」であるため、酸化ストレス自体を「予防」するのには適していません。それに対して、陸上植物は「光合成」を引き金としてアスコルビン酸生合成を活性化することで、光を受けているときは常にアスコルビン酸量を高めることができます。植物が受ける光の強度は、雲や隣接物の影響により極めて短時間で大きく変動します。突然の強い光への暴露により、光合成から瞬間的にROSが生じるため、植物は常に酸化ストレスを被る可能性があります。恒常的なアスコルビン酸の蓄積は、いつ起こるかわからない酸化ストレスに対する「予防」として極めて効果的だと考えられます。このように、光合成依存的なアスコルビン酸生合成の活性化機構の獲得は、陸上植物にとって効果的な蓄積と利用に重要であったと思われます。

 さて、もちろん例外もあります。苔類・ゼニゴケです。このコケ植物では酸化ストレスと光合成のどちらもGGPを活性化することができません(Ishida et al., Plant J., 2024)。むしろ、ゼニゴケではアスコルビン酸生合成の活性化自体がほとんど起こりません。基本的にゼニゴケは日当たりの悪い場所を好んで生育するため、そのニッチな環境にとどまる限り、アスコルビン酸を蓄積する必要がないのかもしれません。興味深いことに、緑藻から陸上植物まで高く保存されているVTC3という生合成調節因子を、ゼニゴケだけが持っておらず、GGP活性化機構を欠くことと一致しています(図1)。この機能未知タンパク質がどのように生合成の調節に関わっているのかに大きな注目が集まっています。

 

 

説2:DHAの「分解」から「再生能力の強化」へ 〜DHAの潜在毒性の回避とアスコルビン酸蓄積の両立〜

執筆中。。。