[論文発表]窒素欠乏条件におけるアスコルビン酸代謝の活性化と意義@BBB誌

2022年1月13日

 窒素欠乏条件におけるアスコルビン酸代謝の活性化とその意義に関する丸田グループの研究(岩上くんの修士論文研究)がBBB誌に受理されました。

Activation of ascorbate metabolism by nitrogen starvation and its physiological impacts in Arabidopsis thaliana
Takumi Iwagami, Takahisa Ogawa, Takahiro Ishikawa, Takanori Maruta*
Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 86: 476-489, 2022. DOI: doi.org/10.1093/bbb/zbac010 (*corresponding author)

 

[研究内容]

1. 背景

 活性酸素種(ROS)は細胞毒性作用とシグナル機能を併せ持つため、その量的バランスの制御は植物の生存や発達に極めて重要です。環境ストレス下ではROSの生成量が増大するため、その作用バランスが崩れてしまい、酸化損傷が生じます。これを防ぐのがアスコルビン酸を中心とした抗酸化システムです。これまでに、光や温度、水分変化などの非生物的ストレス条件における抗酸化システムの制御や重要性は深く調べられてきましたが、自然界で起こる栄養素の欠乏や他のストレスとの複合条件ではあまり調べられてきませんでした。そこで本研究では、シロイヌナズナにおける栄養欠乏が抗酸化システムに及ぼす影響を調べるとともに、その生理学的意義を逆遺伝学的に解析しました。

 

2. アスコルビン酸代謝は窒素欠乏により活性化される

 シロイヌナズナを窒素、リン、硫黄またはカリウムの欠乏培地で生育させ、抗酸化剤レベルおよび抗酸化酵素活性への影響を調べました。今回の実験では、各栄養素をコントロールの1/10量まで低下させた培地を用いました。これらの条件でシロイヌナズナに含まれる栄養素量を今回は調べていないので、実際に栄養欠乏が起こっているかは確認できていません。しかし、コントロール条件と比較して、窒素欠乏条件の葉ではアスコルビン酸含量が有意に高いことがわかりました。また、1)アスコルビン酸依存的なH2O2消去反応を触媒するアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)の活性と、2)APX反応によって酸化されたアスコルビン酸を還元型に再生するデヒドロアスコルビン酸還元酵素(DHAR)の活性も窒素欠乏条件で高まることがわかりました。興味深いことに、定量的RT-PCRの結果から、APXおよびDHARの活性化は、細胞質型アイソフォームの発現誘導に起因することが示唆されました。アスコルビン酸代謝とは対照的に、ペルオキシソームの主要H2O2消去酵素・カタラーゼ(CAT)の活性は窒素欠乏条件で低いことがわかりました。CATの活性低下により、ペルオキシソームから細胞質へのH2O2漏洩が起こると予想されるため、細胞質型APXおよびDHARの活性化はCAT活性を補うための応答であることが示唆されました。このように、窒素欠乏条件におけるアスコルビン酸代謝の活性化は細胞内レドックス状態を維持するために重要であると考えられます。

3. 窒素欠乏によりアスコルビン酸欠乏変異株はむしろ強くなる?

 次に、窒素欠乏条件におけるアスコルビン酸の生理学的重要性を調べる目的で、アスコルビン酸欠乏変異株(vtc2)を用いました。しかし、培地プレートや水耕栽培システムを用いた窒素欠乏実験の結果、野生株とvtc2の表現型に明確な違いはみられませんでした。そこで、窒素欠乏と強光ストレスを組み合わせることにしました。強光ストレス条件では光合成電子伝達系がパンクしてしまい、その結果として大量のROSが生成されます。窒素欠乏も光合成に対して抑制的にはたらくことから、これらのストレスの複合によって顕著な酸化ストレスが生じるはずです。これまでの研究から、vtc2変異株は強光ストレスに弱く、明確な細胞死の表現型を示すことがわかっていますので、窒素欠乏と強光の複合ストレス条件では、より明確な細胞死が起こると予想しました。

 窒素十分条件で強光を照射した場合、vtc2変異株では明確な細胞死が起こりましたが、野生株では視覚的なダメージは観察されませんでした。しかし驚くべきことに、強光下のvtc2変異株で生じる細胞死は、窒素欠乏条件では完全に消失しました。つまり、窒素欠乏および強光の複合ストレス条件では野生株とvtc2変異株の表現型に違いがなくなるということです。複合ストレス条件ではアントシアニン蓄積が顕著になり、葉が黒ずんでしまうため、細胞死が視覚的に見えなくなっている可能性があります。そこで、トリパンブルー染色によって細胞死を可視化した結果、やはり窒素十分条件で強光を照射した場合に生じるvtc2変異株の細胞死の表現型が、窒素欠乏条件では起こらないことがわかりました。

 一方で、光合成のダメージの指標である光化学系IIの最大量子収率(Fv/Fm)を測定したところ、野生株とvtc2変異株の両方で、光合成のダメージは強光単独よりも窒素欠乏との複合によって促進されることがわかりました。ただし、強光単独の場合、vtc2変異株のFv/Fm値は野生株よりも低くなりますが、複合ストレス条件では株間での差が消失しました。したがって、窒素欠乏はvtc2変異株にプライミング効果をもたらすことで、vtc2変異株のストレス耐性能が野生株レベルにまで高められ、その結果として細胞死が消失すると考えられます。つまり、アスコルビン酸欠乏を補う何らかのシステムが窒素欠乏によって活性化された可能性があります。そして、さらなる解析の結果、その相補システムはグルタチオンではないことが示されました。

4. 結論

 今回の研究から、シロイヌナズナにおいて窒素欠乏によりアスコルビン酸代謝が活性化されることがわかりました。これはおそらく、窒素欠乏条件で起こるカタラーゼ活性の低下を補う仕組みだと考えられます。一方で、窒素欠乏条件におけるvtc2変異株の生育や表現型は野生株とまったく変わりませんでした。それどころか窒素欠乏と強光ストレスを組み合わせた結果、強光の単独処理によってvtc2で生じる顕著な細胞死が、強光と窒素欠乏の複合的ストレス下では起こらないという興味深い現象を見つけました。したがって、アスコルビン酸代謝の活性化は窒素欠乏下での細胞内レドックス状態の維持に寄与すると考えられますが、この仕組みをさらに補う防御機構の存在が示唆されました。今後、この代替のメカニズムを明らかにすることで、植物のストレス防御機構がより深いレベルで明らかになると期待されます。

 

5. 思い出

 本研究は、岩上拓己くん(現M2)の修士論文研究の一環として行ったものです。丸田グループとして初めて栄養欠乏ストレスにフォーカスした研究で、また間口が広がった気がして嬉しいです。とはいえ、僕たちは栄養欠乏処理の時点からド素人だったために、in vitroおよびin vivoの栄養欠乏条件の確立ともに最初は大変苦労しました。丸田グループ史上最高の頭脳を持つ岩上くんじゃなかったら、もはや途中で投げていたと思います。実験条件の確立には、窒素応答のプロフェッショナルこと蜂谷卓士先生にもたくさんアドバイスをいただいて助けていただきました。ありがとうございました。

 今回の研究で一番驚いたのは、vtc2変異株の強光感受性が窒素欠乏条件で回復するという超不思議現象です。植物はアスコルビン酸の欠乏すら補うことができる仕組みを持っているということです。研究すればするほど、植物の頑健さ、したたかさが見えてきます。そしてそれこそが、植物の生きている環境の過酷さを物語っていると思います。とはいえ、なぜその不思議現象が窒素欠乏条件でのみ起こるのでしょうか? なぜ強光単独の条件では起こらないのか? まだまだ興味深い謎が残っています。現在、岩上くんと後輩の佐々木くんと一緒にこの謎に挑戦しているところですが、今回の研究のメインストーリーから少し逸脱する内容になりそうなので、ここまでの研究成果の一部を今回の論文としてまとめるに至りました。続編の研究もかなり面白くなりそうなのでご期待ください。また新しいマトリクスが開きそうです。ふふふ。