[論文発表]アスコルビン酸再生に関与するモノデヒドロアスコルビン酸還元酵素の進化と機能@Antioxidants誌

2021年10月27日

 アスコルビン酸再生に関する丸田グループの最新作がAntioxidants誌に受理されました。修了生の田中 澪さんと高橋隆樹さんを中心とした研究成果です。この論文は、神戸大学の三宅親弘教授と丸田が編集している同誌の特集号「Reactive Oxygen Species in Plants: Fine-Tuning of Their Production, Scavenging and Signaling Functions under Environmental Stress」に掲載されます。

 

Distribution and Functions of Monodehydroascorbate Reductases in Plants: Comprehensive Reverse Genetic Analysis of Arabidopsis thaliana Enzymes Antioxidants, in press
Mio Tanaka, Ryuki Takahashi, Akane Hamada, Yusuke Terai, Takahisa Ogawa, Yoshihiro Sawa, Takahiro Ishikawa, Takanori Maruta*
Antioxidants, 10: 1726, 2021 Oct. DOI: https://doi.org/10.3390/antiox10111726
equally contributed/ *corresponding author

 

[研究の概要]

 植物は高濃度のアスコルビン酸を還元型として維持するために、複数のアスコルビン酸再生系、すなわち酸化型から元の還元型へと再生する仕組みを冗長的にもっています。今回、その代表的な仕組みの一つであるモノデヒドロアスコルビン酸還元酵素(MDAR)に注目し、植物の進化過程におけるMDARアイソフォームの獲得および植物種における分布を調べるとともに、シロイヌナズナ酵素の包括的な逆遺伝学的解析を実施しました。その結果として、1)植物MDARは葉緑体/ミトコンドリア型(class I)、ペルオキシソーム膜結合型(class II)および細胞質/ペルオキシソームマトリクス型(class III)に分類されること、2)細胞質特異的アイソフォームはclass IIIの中でサブクラスを形成し、シロイヌナズナなどのアブラナ科植物でのみ保存されること、3)全3つのクラスは植物の陸上進出前に獲得され、基本的に陸上植物で広く保存されること、4)シロイヌナズナのペルオキシソーム型MDAR1(class III)およびMDAR4(class II)の二重欠損は胚性致死を引き起こすこと、5)いずれの酵素の単独または二重欠損は光ストレス条件における葉のアスコルビン酸レベルやレドックス状態には影響しないことなどが明らかになりました。これらの結果を基盤に、MDARの進化や他の再生系との相互関係について議論しました。

 

[研究の詳細]

1. 背景

 アスコルビン酸は主要抗酸化剤として細胞内レドックス状態の恒常性および酸化ストレスからの保護に重要です。アスコルビン酸は自身の抗酸化作用の結果として不安定な酸化型になり、再び還元型へと再生されなければ速やかに不可逆的な分解を受けます。これを防ぎ、アスコルビン酸を還元型として高蓄積するために、植物は充実した再生系を有しており、その代表的な仕組みがモノデヒドロアスコルビン酸還元酵素(MDAR)およびデヒドロアスコルビン酸還元酵素(DHAR)です。最近、私たちの研究によってDHARの生理学的重要性は明らかになってきましたが(Terai et al., Plant Physiol., 2020/ こちらも参照)、MDARの生理学的意義に踏み込んだ研究例は少なく、ほとんど未解明でした。シロイヌナズナには5つのMDAR遺伝子が存在し、それぞれ細胞質/ペルオキシソーム型(MDAR1)、細胞質型(MDAR2および3)、ペルオキシソーム膜結合型(MDAR4)および葉緑体/ミトコンドリア型をコードします。一方、トマトには3つしか存在せず、細胞質に特異的なアイソフォームが欠けています。このように、MDARアイソフォームの分布は植物種によって異なる可能性がありますが、植物の進化過程で各アイソフォームがどのように獲得されてきたのかは全くの不明でした。そこで本研究では、MDARアイソフォームの分類や植物種における分布を明確化するとともに、シロイヌナズナ酵素の包括的な機能解析を行いました。

 

2. 植物および藻類におけるMDARの分布と分類

 緑色植物におけるMDARアイソフォームの分類と分布を明確化するために、既にゲノム配列の分かっている緑藻や陸上植物からMDAR配列を探索しました。また、陸上植物の祖先に近縁であったと考えられており、藻類と陸上植物の中間的な存在である車軸藻クレブソルミディウムなどもこの解析に加えました。同定したMDAR配列を用いて分子系統樹解析を行ったところ、これらは大きく3つのクラスに分類されました(図1)。Class Iは葉緑体/ミトコンドリア型、Class IIはペルオキシソーム膜結合型、そしてClass IIIは細胞質/ペルオキシソーム型です。

 単細胞の緑藻は基本的に1つのMDARしか持たず、どのクラスの酵素と類似するか曖昧でした。ただ、過去の生化学実験では、クロレラにおいてMDAR活性は葉緑体画分でしか検出されていません。また、MDARと共役するAPXも緑藻では葉緑体にしか存在しないことから、おそらく最初のMDARは葉緑体型だったと予想されます。

 ほぼ全ての陸上植物は少なくとも3つのMDARアイソフォームを持ち、Class I〜IIIの各酵素を1つ以上持っていました。ただし、例外的にClass Iの酵素を欠く植物種がいくつか存在しましたが、Class IIやIIIの酵素を欠く植物は存在しませんでした。興味深いことに、シロイヌナズナで見られる細胞質に特異的な酵素はアブラナ科植物のみで高度に保存されており、その他の科の植物種にはあまり見られないことがわかりました(図1)。

 さらに興味深いことに、シャジクモ類のKlebsormidium flaccidumにはClass IからIIIの酵素を全て持つことがわかりました(図1)。シャジクモ類は陸上植物の祖先に近縁であると考えられているため、全てのClassのMDARは植物の陸上進出前に獲得されたことが示唆されました。同様に、私たちの過去の研究によって、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)のマルチアイソフォーム化もシャジクモ類で起こったことが示唆されています(Maruta et al., Plant Cell Physiol., 2016)。APXはアスコルビン酸を酸化する酵素で、MDARによる再生反応と共役します。APXとMDARを複数の細胞内区画に同時配置することで、効果的なAPX反応(アスコルビン酸依存的なH2O2消去)を可能にしたと思われます(図2)。

3. シロイヌナズナMDARの包括的な逆遺伝学的解析

 次に、MDARの生理学的重要性を明らかにするために、各アイソフォームを欠損したシロイヌナズナ変異株を単離しました。変異株における残存MDAR活性の比較から、葉ではMDAR1および5が、根ではMDAR1、2および5が主要酵素であることがわかりました。過去に、MDAR4の欠損株は糖要求性であり、独立栄養条件ではシードリング致死となることが報告されています(Eastmond, Plant Cell, 2007)。同じ結果は私たちの研究からも得られましたが、その他のMDAR欠損株は独立栄養条件でも元気に成長しました。

 MDAR4はペルオキシソーム膜に結合する酵素であり、このオルガネラのマトリクスにはMDAR1も局在します。これらのペルオキシソーム型アイソフォームの機能分担や冗長性について調べるために、二重欠損株の作出を試みた結果、両遺伝子の完全なる欠損は胚性致死を引き起こすことが示唆され(図3)、MDARの生理学的重要性が明確化されました。

 アスコルビン酸の生合成と利用は光ストレス条件で活発になることがわかっているため、次にMDARの欠損が光ストレス条件でのアスコルビン酸プロファイルに及ぼす影響を調べました。恒常的な強光ストレスの付与、強光と弱光を繰り返す変動光ストレスの付与、あるいはマイルドな光ストレスを長期的に付与し、実にさまざまな条件で実験を試みました。しかし、いずれの条件においても野生株と欠損株との間に明確な差は見られませんでした。さらに、細胞質特異的なアスコルビン酸再生酵素として、MDAR2および3に加えて、DHAR1および2の全てを欠損させた多重変異株を作出しましたが、結果は同じでした。これらの結果と過去の私たちの研究成果を総合的に考えると、MDARの欠損はグルタチオン依存経路によって十分に相補されることが強く示唆されました。

 

4. あとがき

 本研究は、修了生の高橋隆樹くんがペルオキシソーム型の生理機能解析として開始し、同じく修了生の田中 澪さんが全アイソフォームの包括的研究へと発展させたものです。現在、修士1年生の濱田あかねさんにはかなり面倒な実験を追加で行っていただき、修了生の寺井佑介くんにも多重変異株の作出等でお世話になりました。MDARアイソフォームの分類や進化に関する解析は丸田が担当しました。高橋くんはMDAR1とMDAR4の二重欠損が胚性致死を引き起こすことなど、特にペルオキシソーム型の生理学的重要性を明らかにしました。また田中さんは、全アイフォフォームの多重変異株をたくさん作出し、特に光ストレス下のアスコルビン酸プロファイルへの影響を中心に解析しました。これは信じられないくらいの膨大な実験だったのですが、残念ながら、この視点からはあまりポジティブな結果が得られませんでした。そのため、田中さんからは失望と絶望とお怒りのお言葉をしばしば頂戴しましたが、、、でも、いや、だからこそ、こうして田中さんの汗と涙の結晶をしっかりと論文として公表できたことにホッと胸を撫で下ろしています(笑)そんなこと言いながら、この論文の情報量はかなり多いので、今後のアスコルビン酸再生、特にMDARの研究にとって非常に有益な論文だと自信を持っています!現在、僕たちのアスコルビン酸再生研究の最終章として、濱田さんがグルタチオン経路とMDARの相互関係についてゲノム編集技術を用いて調べています。再生のキャパシティとアスコルビン酸レベル、そしてストレス耐性の関係を明らかにしたいです。どんな結果が出るかとても楽しみです。